子供のかんしゃく

  • 2015.04.14 Tuesday
  • 23:02
 

     三才のお子さんが最近かんしゃくを起こして困っていると若いお母さんから相談されました。物を投げたり噛みついたり、泣き続けたりするそうで、どうしていいのか分からないとおっしゃっていました。  
 

 そこで、子供がかんしゃくを起こすのはどんな時ですか?と尋ねると、電車遊びでレールの上に電車を正確に乗せられない時などだそうです。その時お母さんはどうしていますかと尋ねたところ、「何でそんなことするの」と言ってやってはいけない事を教えている。と返事が返ってきました。

 なるほど!母親としては、ここはきちんと躾けをするタイミングだと考えて、理詰めで諭そうとしていたようです。しかしかんしゃくを起こしている三才の子供にこの手は通じません。  そこで、私からこうアドバイスをしました。

 「次からは子供のかんしゃくを無視してお母さんだけ別な遊びを始めて下さい。子供がそれを邪魔したり、お母さんのおもちゃを蹴飛ばしたりしたら、後ろを向いてまた別の遊びをして下さい。それでも邪魔してくるならその場を立ち去ってお菓子を 持ってきて子供 の目の前で食べ て下さい。 子供が欲しそうな顔をしたら、『食べる?』と言ってだっこしてお菓子を与えて下さい。そうすれば子供はけろっとかんしゃくを忘れてしまうはずです。」

 それを聞いたお母さんは、それでは躾にならないのでは?と言いたげな表情でしたので、「躾も大事だけど、今までのやり方ではうまく行かなかったのなら別な方法を試してみませんか?感情が爆発しているときに理詰めで説き伏せられては子供も辛いでしょう。それよりさっさと気持ちを切り替えさせて別な遊びに引き込む方が現実的です。まずは論より証拠。試してみて下さい。」とお願いしました。

 一週間後に来院したお母さんの口から出たのは「言われたとおりに別の遊びを始めた途端子供はかんしゃくを忘れて一緒に遊び始めました。それ以来あまりかんしゃくを起こさなくなり、イヤイヤも減り、ご飯もよく食べるようになりました」でした。

 さらに、「始めはそれでは躾にならないのではないかと心配でしたが、実際に子供の変化と私自身の気分を観察すると、この方がずっとましだなと思えるようになりました。」 と言う感想が返って きました。  めでたし、めでたし。

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一家団欒

  • 2008.01.11 Friday
  • 15:09
リビングキッチンに置いてあったテレビを寝ながら紅白歌合戦を見ようと寝室に運んだのがきっかけで、我家の食卓からテレビが消えて4年になります。その間我家には一家団欒が甦りました。

食事をしながら子供といろんな話に花が咲きます。学校の話、仕事の話、昔話、世の中の話、我家の食卓はいつも笑い声が絶えず、屈託なく親のギャグに大笑いする子供を見てるのはいいものです。

そうした中で親が子供に教えなければならないことや、伝えておかなければならない事もいっぱい話します。両親の家の歴史などは、まさに親から教わらなければ知りようのない大事なルーツです。宗教、哲学、人付き合い、世渡り、祭事、作法、雑学。そうしたことを話しながら、自分もこうやって囲炉裏端で親から繰り返し繰り返し我家の歴史や戦の話、昔話、人の道、宗教の話、親が頑張ってきた話などを聞かされて育ったナーと思い出します。
話をしながら子供に伝えるべきことの多いことに改めて気付きます。

また、我家ではハリーポッターが大人気なので、本が刊行される度に買ってきて、夕食後1時間ぐらい読み聞かせをするのが楽しみになっていました。始めは私が声色を使って臨場感たっぷりに読むのですが、疲れると娘や息子にバトンタッチです。

娘は保育園時代から紙芝居を読むのが得意なので、とても上手に読みます。息子は読書が苦手で朗読もとても苦労していたのですが、ハリーポッターの面白みに引かれて頑張って読んでるうちに大分上手になりました。

こうした貴重な時間を生み出そうとすると、テレビはちょっと邪魔になります。私が子供のころは、チャンネルはNHK総合と教育と民放の3局しかなく、しかも画面に砂嵐が映るような休憩時間がありました。今からすると番組も少なかったので一家で話ができる時間が取れたんだろうなと思います。(その程度でも私はテレビっ子になってしまったのだから、怖いものです)

テレビを消しませんか?大事なふれあいの時間が確実に増えますよ。

新年早々驚いたこと

  • 2008.01.06 Sunday
  • 12:24
除夜の鐘を近くのお寺さんで撞き終わり、えびす様、氏神様、文殊様とはしごしながら初詣をしていたときに、くわえタバコをしたまま文殊様にお参りをしているオジサンに出くわしました。
子供と目が点になってしまってつい一言「何しに来たんだろうね?あれじゃ文殊様も知恵を授けようがないんじゃないのかな?」

恐らくタバコをくわえたままでいろんなことをする習慣が出来上がってしまっている人なのでしょう。無意識にやってることなのだろうなと思って私としては珍しく、注意せず流しておきました。

「罰当たりだな。場所をわきまえろ」なんて言ったら,
新年早々恥じかかされたって因縁つけられて喧嘩になってたかも。
それでは私にも文殊様は知恵を授けようがなくなってしまうでしょうしね。
子供が見てるんだから、君子危うきに近寄らず。ですね。

翌日初売りに出かけて、家具屋さんの玄関を入ったとたんに、ディスプレーの椅子が目の前に転がってきました。
前にいた女の子が展示していた学習机の椅子に腰掛けようとして椅子を動かしたら、ディスプレー用の台から椅子を落としてしまったようでした。一緒にいたのは両親とお婆ちゃん。

お母さんがその椅子を元に戻し終わったところで,
お父さんが娘さんの頭を後ろからいきなりビタン!!とひっぱたきました。
振り返る子供を思い切りにらみつけて終わりです。これは米沢では良く見る光景です。

お父さんの表情にはこんな言葉が現れてました。「んだがら、ちょろからて、しゃいこしてっから、つけなごどに、なんなだごで。このばがやろ!」翻訳すると、「常日頃落ち着いて行動しなさいと言ってあるにもかかわらず分別なく悪戯してるから,お店のものを壊してお父さんとお母さんに恥をかかせるところだったじゃないか。馬鹿だな」

それを瞬時に分からせるために後ろからいきなりのビタン!です。
父親としてここは一つきっちり教えておかないとと思ったのでしょう。かなり思い切り叩いてました。

でもどうなんでしょう。その子はこれで懲りて同じ失敗を繰り返さなくなったのでしょうか?恐らく叩いた事でこの子が学んだのは、兄弟が同じことをやったら親の代わりに思い切りひっぱたいていいことと、いずれ自分が親になったときに同じ状況で自分の子供を思いきりひっぱたくことぐらいだと思います。

他にもベッド売り場で次々と商品に乗っかったりいじったりしながら悪戯を繰り返している子供がいました。こちらの両親はそれをほったらかしで、店員さんがハラハラしているのが見て取れました。

普段子供とよく遊んでしっかりした関係を築いておけば、公の場所で親を困らせたり、他人に迷惑をかけることはしないものです。それは一番仲良くしていたい親が嫌がることは自分にとっても損だからしないものです。本当に子供が人前で分別ある行動を取れるように育てるのに、いきなり叩く事は効果的だとは思えません。

「俺に恥をかかせやがって」と言う親の声だけが私の耳には聞こえてきます。

性教育

  • 2007.12.31 Monday
  • 11:41
今年最後の話題は、性教育です。

一般に性教育と言うと、いつどんな形で子供に性行為の実態を教えたらいいのだろうか?と考えてしまいがちのように思えますが、
それは性の本質を捉えていない発想のように思えます。男女の違いは身体だけでなく心や社会的な立場もあるし、またそれが時代とともに変化しています。その男女の違いを幅広く捉えた上で、豊かな男女の営み(ともに暮らしていくという意味)を続けていけるようにすることが性教育なのではないかと思います。

うちの性教育は生まれた時から始まっていました。まずはしっかり抱いてあげる事です。抱くという行為は愛の原型でしょう。まず「愛」ありきです。愛しいものを抱く喜び、抱かれる喜びをしっかり体感させます。 特に、僕は娘を、家内は息子を可愛がる時に、少し高い意識を持って接するようにしていました。娘にとっては最初に自分を抱いてくれる男性が父親であり、息子にとっては母親だからです。

いつか自分が好きになった人の腕に抱かれる事が自然で心地よく、安心できることだと覚えさせる意味も含んでいるのだと、ちょっぴり意識して抱いてあげていました。「男の腕の中っていいべ。女の胸に抱かれるのっていいべ。」って感じでしょうか。子供に何かあればいつも抱っこをして安心させてあげるのも大事な性教育です。逆に親が疲れているときに子供にぺたーっとくっついてもらう事で親も元気になれることを教えるのも性教育のベースになっていると思います。

保育園に行くようになると、自分は男だ。女だと強く意識するようになってきます。特に強調して教えたりはしないようにしていても、息子は女性にも使う名前なので、ついちゃん付けで名前を呼ばれたものですが、いつも怒って、「僕は男だから、くん!!」と直させていました。
性の意識は自然に芽生えてくるものなんだなーと感心します。この辺は自然に任せておいていいのでしょう。

保育園の中で好きな子も出来始めます。娘も息子もそれぞれに大好きな子が出来て、小学校の終わりぐらいまでは、あれこれと仲良しのお付き合いをしていました。お互いのおうちにお泊りしたり、誕生日やバレンタインにプレゼントを交換したり、それはそれで、とてもほほえましいものです。双方の親がそんな小さな恋の物語を温かく見守った時期です。このころは、相手のことを大切に思う形として心配りが大事だと、折に触れて教えました。

自分のペースでプレゼントしたり、遊んだりするだけで、相手がいまどんな風なのかを考える分別はまだ育っていない時期なので、相手を思いやる事が大事だと教える訳です。例えは、息子に時々彼女が元気でいるか電話してみるように促したり、近くを通ったらお家を訪ねてみるとか、放ったらかしにしないことが大事だよと諭すのです。

娘も、バレンタインのお礼に彼がわざわざ遠いところをお返しを持って来てくれた時、留守であえなかったにもかかわらず、そのままにしようとしてたので、お礼の電話を入れさせたりして、やり取りが自分中心に偏らないように気を配りました。

うちでは子供が小さいときの様子をビデオに撮ってあるので、それを繰り返し見せては子育ての楽しさを教えました。いつの間にか自分より小さい子と優しく遊ぶ事を覚えてくれました。そのうちに、小さい子のいたずらに手を焼くことになります。そんな時、そうした子の上手な遊ばせかたを教えます。そして事あるごとに、子供が授かることの喜びを話して聞かせ、「父ちゃんはお前達の子供を抱っこするのが一番の楽しみだ。いつでも面倒見てやるからね」といって、彼らにいつか子供が出来ることを今から祝福してあげるのです。

娘が食べ物の好き嫌いを言うと、「お前が母親になったときにどうやって子供にそれを食べさせるんだ?親が食べなきゃ子供も食べないぞ」と言って少しずつ自分が親になる日のことを想像させます。ラジオから親が子供を殺めたようなニュースが流れてしまうことがあります。(基本的にうちではこうした凄惨なニュースは子供に聞かせないようにしているのですが)そうしたとき、まずは、かわいい自分の子供を傷つけてしまう親の哀れを話します。

子育てにはとても手間隙がかかることや、生まれたばかりの時は24時間付きっ切りの世話が必要になって自分の時間がなくなるし、母親はお金を稼ぐ仕事は出来なくなるので、かわいい子供をかわいいと楽しんで育てるにはそれなりの準備が必要なことを話します。まずはしっかり自分を育てること。次に経済的に安定させること、子育てで働けない間、生活を支えてくれる人をちゃんと見つけること。(父親はちゃんと母親を支えてあげること。育児の手伝いは私がありったけやっていた姿をビデオで見せてあるのでその点はバッチリです)凄惨なニュースもそんな話に持っていくようにしています。

「だから、お前達を生むときも、父ちゃんたちは準備を整えてたから子育てを満喫できたんだよ。」そう話しています。



今息子は小6、娘は中2です。最近は小学校の段階から生理的な変化についての教育をやってくれるので、家でそうした知識の補充をするのがやりやすくなっています。私たちは医学を学んでいるので、子供からの質問には正確に答えるようにしてきました。
すべては医学、もしくは生物学の知識として教える訳です。息子が赤ちゃんはどこから生まれるの?と聞いてきたことがありました。
女性器の略図を書いて説明し、実は男性器と女性器は元は同じであることや、男性と女性の遺伝子はほんの一部が違っているだけな事も一緒に話しました。

この一回の授業?で息子はちゃんと事実を学んだようです。「もっと勉強したかったらいくらでも本はあるからね」と言っておきました。

娘は学校で生理について学んできたと、夕飯のときに話してくれました。家内が少しずつ知識や対処の仕方を補充して教えてくれていました。そのころから時々夕飯の話題に生理が上るようになりました。私らは顔色一つ変えずに、生理が来ると赤ちゃんが生める身体になるんだよ。女性らしくなってきれいになるよ。と娘にとって素晴らしい変化が訪れることを楽しみにしていることを伝えました。

このころまであえて羞恥心を植えつけないようにしてきていたので、娘は小6まで私とお風呂に入っていました。大好きな父ちゃんとお風呂に入るのは楽しいのです。そんな中で自然と男性の身体と男の子の身体の違いも学んでいたことでしょう。

そろそろ生理が始まりそうだと見計らった日に、「今日でサトとはお風呂を一緒に入らないことにするね。」と宣言しました。「なんでー!?」娘からの猛反発です。「お前に生理が来ると女性の身体に変わって目には見えないフェロモンと言うものが出るんだよ。それは男の人をポーっとさせて、サトが好きだなーって思わせるホルモンで、父ちゃんも男だからそれに当たっちゃうといけないからね。」

「そんなの、私が生理が来たって言わなきゃ分からないでしょ」 「男にはちゃんと分かるんだよ。だからだめー」そんなやり取りの後、
暫く娘は何とか僕を騙して一緒にお風呂に入ろうと企みましたが、次第に気持ちも落ち着き、やがて初潮を向かえ、今では、ちゃんと羞恥心も芽生えてくれたようです。(父ちゃんの裸は見ても平気のようですが)

性教育には男女が第二次性徴期を迎えた後に訪れる性にまつわる様々なトラブルを回避する目的が多分に含まれているように思えます。しかし、そんな事のためだけに性教育をしようとする発想自体が貧しいのではないかと私は思っています。命を生み育てていくことの素晴らしさや楽しみ、それができるようになることの喜びを伝えていくことで子供の発達に見合った形の自然で豊かな性教育が実現すると思います。

この先の我家の性教育は、子供達が異性をあらためて意識し始める時期に入ります。恋愛表現のひとつとして、相手と一体化したいと願う強い欲求は大人の世界に足を踏み込む大きな一歩です。そうした感情の芽生えや、相手との出会いは歓迎しながらも、自分の身体や人生を大きく左右するリスクをしっかりコントロールすることや、相手の心と身体を思いやる理性の芽はこれまでに培ってきたつもりなので、それをさらに育んで行こうと思ってます。


良いお年を

テレビゲーム

  • 2007.12.29 Saturday
  • 00:16
嗜癖の抑制(いらぬ癖を作らないために)

嗜癖(しへき)と言う言葉があります。簡単に言えば癖になってやめられなくなることです。

私たちは沢山の嗜癖を持っています。メール、テレビ、ゲーム、車、ギャンブル,タバコ、買い物、などなど、もう止めなきゃと思っていてもついつい止められず、場合によっては生活に支障が出てくることもあります。

現代社会で売れ続ける商品やサービスを作り出すのに一番重要な要素は、嗜癖性の高さです。言い換えれば、ひとたび使うと、どんどん癖になって止められなくなるものを作るのが長く儲けられる秘訣となります。
そんな恐ろしいものってなんでしょう?実は全て身近なものばかりです。

まずはパソコン。携帯、テレビ、ゲーム機、車もそうです。歩いたり自転車で用が済むところまで車を使っていませんか?
それを意識して止められるか試してみるとよく分かります。とても苦痛に感じるものです。携帯がないだけでもパニックになる人もいます。
私たちは知らない間にこうした嗜癖性の高い商品に支配されているのです。

子育てで気になるのが、ゲーム機による嗜癖性です。親としては出来るだけゲームをさせたくないのが本音、現実にはそうも行かなくて頭の痛い問題です。

私はテレビっ子でした。親が忙しくてほったらかしにして置かれたのと、腕白でなかったので外で遊ぶ事が少なかったのでついついテレビを見っぱなしで育ってしまい、気がつくとしっかりテレビを見出したら止められなくなってしまいました。今でもそうです。自分ではスイッチを切れません。だからテレビを見ないようにしています。子供達にはその様子(テレビのスイッチが切れない)を見せて、嗜癖の恐ろしさを教えています。「頼むからスイッチを切ってくれ」そう子供に頼んで切ってもらいます。

ゲームが癖になって止められなくなるのを避ける一番の方法は、ゲームより面白いものを沢山教える事と、一緒に遊んでゲームをする必要性を減らすことです。結局はゲーム機に子守をさせてしまうから癖にさせるので、ちゃんと子育てに手間隙かければ何の問題も出ない訳です。




子供が言うことを聞かないとき

  • 2007.12.20 Thursday
  • 22:34
久しぶりに子育てに関する記事を書いてみます。

子供が言うことを聞かないとき

年齢によって話は大分違ってきますが今回は小学生ぐらいの子を想定しましょう。

子供が言うことを聞かないとき大概の親はお小遣いをあげないぞと脅しを入れますが、案外子供にとって効果のある言葉は、「遊ばないぞ」のような気がします。

まだ小さい子にとって、お金と遊びを比べると遊びのほうが価値が高いよ
うです。

だから、私は子供が言うことを聞かないとき「遊ばないぞ」と脅します。
また、言うことを聞いたら後で○○して遊んでやるぞ。と交換条件を出すと大概上手く行きます。

夜寝ないでいつまでも起きている事もよくあります。「早く寝なさい」なんておざなりに声をかけても生返事ばかりで一向に動こうとしない事もあるものです。

そういう時は「よーし分かった。じゃあ寝るな。さあここの布団を片付けろ。ゲームもってこい。テレビもつけろ。今夜は一晩中遊ぶぞ。いいか父ちゃんは徹夜なんて平気だからな。お前らに一睡もさせないでオールナイトでフィーバーするぞ。朝まで遊び呆けるから付き合え。さあ早く仕度しろ!]
って怒鳴ると自分の部屋にすっ飛んで逃げていき、5分で寝てしまいます。

それが効かない時は、「分かった。父ちゃんが添い寝してやる。ほら早く布団に入れ。」

もしくは「お前のベッド今夜貸してくれ。父ちゃんがお前のベッドに寝るから」って言うのもかなり効きます。

逆に朝起きない時は、子供の布団にもぐりこみます。嫌がって逃げ出すか喜んでくっついてきます。くっついてきたらそのまま「遅刻するまで起きないぞ」って言うと逃げていきます。

家の手伝いをしないときはこうです。
私が洗い物をしているとき、下げ物や洗ったものを拭いてくれと頼んでもいつまでもやってくれないときは、「あそう。分かった。父ちゃんは身体がボロボロになるまで働いて倒れて入院するんだ。そうしたら、お前達、母ちゃんと3人で今の生活を支えていく事になるなー。母ちゃんが働く代わりにお前達がご飯の仕度から洗濯掃除何でもやらなきゃいけないだろうなー。」って言い終わらないうちに手伝います。

もちろんお手伝いは子供と楽しくやります。[お前達とこうして一緒に家事をするのが楽しい!]ってニコニコしながらやります。

いずれもキーポイントは親子のかかわりを強める事です。口だけで動かそうとせずに、子供と触れ合ったりじゃれあったりしてかかわりを増やすのです。

だから、言ってる事は何でもいいわけで、子供の気を引くために、出来るだけ極端な事を言ってみるだけです。ちょっとかかわりを増やしてあげると内心喜んで言う事を聞きます。

習い事

  • 2007.10.07 Sunday
  • 18:44
続けさせるコツ

子供の教育係を家内に頼んでから、いつの間にか子供達の習い事の数が増えていた。体操、水泳、テニス、習字、そろばん、フルート。私は習い事をした事が無いので、何でそんなにいっぱい習わなくちゃいけないのかとはなはだ疑問に思っていたのだが、これまで口出しせずに見守ってきた。そんな中最近感心してるのは、どの習い事も彼らが嫌だといって途中でやめたものが無い。

おおよそ目標としたところまで習ったら、次のものへを移行しているだけで、中断が無い点だ。他の子のように秀でた成績や結果を残している訳ではないが、それなりの素養として身についてきているようで、私としてはそれで十分だなと思っている。継続は力なりを子供の習い事の上達振りを見て実感している。

家では兄弟や同級生と競わせることをしない。だから、勝負事のようにして頑張らせるような取り組みはさせてない。そうしたストレスフリーのやり方が、コツコツと習いものを楽しんで続けている原動力になっているのだろうと思う。ただし、あまりお気楽にやられると、父親としては釈然としないので、時々刺激をするようにしている。

例えば、水泳でバタフライを習い始めた事を耳に挟むと、子供に水泳をやめるように言う。
『サト、最近水泳で何習ってるの?』
「バタフライだよ」
『エッ。バタフライでホントに泳げるの?』
「25メートルなら泳げるよ」
『嘘だろ。』
「ホントだよ」
『だったらもう水泳習うのやめろ』
「何で」
『だって父ちゃんはこれから練習しても絶対にバタフライは出来ないと思うから、そしたら一生お前に負けることになるのが嫌だから、もう水泳教室に行くのはやめろ』
「絶対嫌だ。もっと上手になって父ちゃんを負かしてやるもん」
『やめてくれー』
なんて会話をする。これで子供は意気揚々と水泳教室に足を運ぶ。

でも時々父ちゃんの威厳を見せ付けるためにがちんこ勝負に挑む。例えば、水泳。例年夏に市営プールで50メートルの競泳をやる。だいたいの目安でハンデを与え、子供と競うのだ。そうすることで、まだまだ父ちゃんのほうが早いことを知らしめて一発かましておく。これで大人を追い越すのはそう甘くは無いなと思い知る。

お習字も同じで、練習から帰ってきて書いた物を乾かしているのを手にとって、
『これ誰が書いたの?』と聞く。
「僕だよ」
『嘘!これは先生の書いたお手本だべ』 
「違うよ僕が書いたやつだよ」
『マジ?ミズ、お前お習字やめろ』
「何で?」
『だってこのまま行くと父ちゃんを追い越してしまうからダメだ。今すぐやめろ』
「絶対やだ。もっとうまくなって父ちゃんを負かしてやるから」

こんなやり取りを時々繰り返す。その度に彼らはやる気を起こす。そこでたまに書きかけで放ってある筆と半紙を使って、そこにあるお手本を見ながら一枚書いておく。父ちゃんと名を入れて見えるところに置いておくと、後で必ず子供が声をかけてくる。

「父ちゃん上手ジャン。何段だったの?」
『ヘヘン。父ちゃんは習った事が無いのにあれだけ書けるんだぞ。だからお前達はお習字やめろ』と切り出すと、「絶対やめない。もっとうまくなって父ちゃんを追い越してみせる。」と返してくる。

まあ彼らにとって越したり越せなかったりする変幻自在なハードルになっては彼らのやる気を刺激している。
ところが最近はとうとう私が勝てなくなり始めた。昨年は5メートルのハンデを与えて50メートルのクロールを競ったら、私はゴールの手前でおぼれてしまった。競技が成り立たないくらいこちらが衰えてしまい愕然とした。

お習字ももはや娘にはかなわない。フルートも完全に水をあけられた。そろばんもしかり、最近は、父ちゃんが勝てるものは英会話と針治療、後は口げんかぐらいになってきた。

我慢ができる子供に育てる我が家の工夫  3

  • 2006.12.19 Tuesday
  • 22:55
父ちゃん偏

子供が保育園の頃はお迎えの帰りによくおもちゃ屋に誘ったものでした。もちろんお金は持っていきません。「久しぶりにバンバンに行ってみようか?」などと切り出すのです。子供は突然の申し出だから買ってもらえるものとは思っていないものの喜びます。そしておもちゃ屋に行くと早速欲しい物を私に持ってきて見せます。

こちらはそれを見て「うわーいいなー!これなら父ちゃんも欲しいなー」と答え、それからもっともっと欲しいものは無いか聞いて行くついでに私の欲しい物を見せたりして話を膨らませます。

「ミズー来てみて、これいいでしょ。父ちゃん欲しいんだ。小さい頃からラジコン飛行機に憧れていたんだ。かっこいいだろう。お前も欲しくない?ねえねえこっちのラジコンバギーはどうよ。ボートもいいなー。あっ、ホバークラフトがある。これ作れないかと思って夏休みに挑戦したことがあったんだよなー。お前はどれがいい?」なんて親も子供に戻って一緒におもちゃ屋で遊んでしまうのです。

この時ついでに誕生日とクリスマスに欲しい物は何かを聞きだしておきます。こちらが予定している値段よりはるかに高いものを欲しがっていることが分かれば、話の中であれこれ誘導してみます。何度かこうしたことを繰り返していく中で毎回欲しいと言うものにプレゼントは絞り込むことにしています。その時の思いつきやお流行で欲しいと言っているものは、これで除外できます。

お店を出る時は「今度はお誕生日の合体ロボを買いに来ようね。」と店員さんに聞こえるように言って外に出ます。子供は大満足でお店を出ます。何にも買わなくても父ちゃんは自分の欲しい物を皆褒めてくれたし、父ちゃんとおもちゃ屋で遊べたし、今度買ってもらう約束はできたしで、めでたしめでたしなのです。これをちょくちょく繰り返しておくとおもちゃを前にして「何が何でも買ってくれないと梃子でも動かないぞー」という子供にならずに済みます。もちろん子供との約束はきちんと守ります。

つまり我慢できる子供にするためのコツは、我慢するハードルを低く設定し、そうしたハードルを沢山越えさせる。本人の欲求を常に肯定する。そして約束は必ず守る。の3つでsす。

我慢ができる子供に育てる我が家の工夫 2

  • 2006.12.17 Sunday
  • 17:32
マミちゃん偏

以前治療に見えた子供と親のやり取りでこんなことがありました。子「治療の帰りにガチャポケ買って」、母「今日はダメ」、子「何でダメなの」、母「だってあなたこないだも買ったでしょう。今月はこれで何個目なの。そんなに無駄遣いはできません。そんなものばかり買ってたらお金がなくなってご飯が食べられなくなるよ」、子供は目を吊り上げてお母さんに殴りかかり、お母さんのかばんから財布を引っ張り出し「お金あるじゃない」、母「ダメ財布返しなさい」、子「やだー」これで取っ組み合いが始まってしまいました。

私は子育て上のトラブルは未然に防ぐのが鉄則だと考えています。子供がごね出してからなだめるのでは手遅れです。だから、普段からルールを決めておもちゃを買い与えていないとトラブルの火種を仕込んでしまうことになります。

我慢強い子供にするには諦めを経験させることが大事だと考えています。無いものは無いというのが一番です。あるのにもかかわらず我慢しろというのは酷な話で、大人子供を問わずそう簡単に諦めきれるものではありません。

ゲーム機を買い与えて本人の管理下におきながら遊びすぎるなと注意するのは、耐えさせる我慢のレベルが高すぎてできるものではありません。目の前に美味しいご馳走を並べておいて食べるなと言ってる様なものです。目の前に何もなかったら食べないでいることは大した苦痛にはなりません。

だから無いものは無い状況にしておくのが一番我慢しやすいのです。外出の時予定した買い物に必要なお金以上は財布に入れない。(本当にお金がなければ子供も諦めやすい)決して子供に財布はいじらせない。(お金は親の管理下にあることを厳重に教えるため)買い物の手伝いをさせて楽しみを共有するのはそのための仕込みです。

子供がおりこうしていてもその場ではご褒美を与えず、後で褒めてこちらの用意したものを与えます。基本的に買い物に連れて行ったとき一つだけ好きなものを買っていいよ。というのは最も悪いパターンです。無駄なものは買わない姿勢を親が普段から示していないと子供に我慢を教える下地がなくなってしまいます。

子供が欲しがる物を買いに行く時は始めからどんなものを買うかある程度決めてでかけます。衝動買いはいけません。子供が途中でもっと欲しい物があると言い出したらダメとは言わず、その気持ちを理解してあげます。

つまり「あらこれが欲しいの?なかなかいいわね。これのどこがいいの?もっと欲しいものはあるの?こっちのもいい感じじゃない?お母さんも欲しいな。」などと子供の欲しい物を前にあれこれと話を楽しく膨らますのです。そして今日はこれを買うお金を持ってきていないから買えないけど、今度お家のお手伝いをしてくれたら買ってあげるね。とか、お小遣いで買いに来ようねとか、値の張るものならお誕生日のプレゼントにしようねとか切り出します。

今はお金が無いのだから駄々をこねても勝負にならない。でも親は買うことに反対はしていない。条件が揃えば買ってもらえるとなれば子供はその申し出を呑むでしょう。そこで我慢した子供を褒め、この時交わした約束を後にちゃんと守れば親を信頼するようになり聞き分けが良くなります。

我慢ができる子供に育てる我が家の工夫

  • 2006.12.15 Friday
  • 23:00
マミちゃん偏

「マミー今日はお肉が食べたいな」と言われた時その食材がなかったり、今日のおかずの準備がすでに始まっていた場合、家内は「そう、お肉が食べたいの。今日は美味しいお魚を用意してるから明日はお肉にしてあげるね」と答えます。決してそれから慌てて新しい食材を買いに出かけたりはしません。

我が家は食材のほとんどを生協で購入しているので、夕方に晩のおかずを買いに出かけることはしません。忙しい時は7時過ぎまで家内が治療室に縛られるので、そうした時間をとらずに済むようにしているからです。いくら今食べたいと言っても無いものは無いで通します。

その代わり翌日には約束どおり希望のメニューが食卓に並びます。今食べたいのであって次ぎの日は別だから意味が無いと言われるかもしれませんが。夜遅くまでお店が開いているし、車で買い物に出かければ短時間で食材をそろえることもできる。なんだったら外食してしまっても構わない時代に、食べたい物を我慢させるのはなかなか難しいことですが、こうした我慢の繰り返しが子育てにはとても大切だと思います。

一日待ってくれた分必ず約束は守ることにしています。親との約束は必ず守られる保証があれば待てない子供はいません。

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