79才 女性 左卵巣癌
20年来の常連さんです。
先に紹介した肝臓癌の患者さんが当院のケアーに満足していたのを聞いていたので、自分が癌を疑われた時点ですぐに相談に来られました。
母、妹、夫を癌で亡くし、全て看取ってきた事から、現代医学に対する期待感は薄く、「自分は、唯々平穏に過ごして死ねたらいい」医者にも近寄りたくないと訴え、治療を懇願する娘達との対立に悩んでいると相談されました。
私に悩みを打ち明けた夜はぐっすり眠れ、その後医師からは「4日後に入院、1週間後に手術」と告げられたそうで、本人は「まだ手術が出来るだけましかもしれない。食欲が出てきた」と言っていました。
しかし、手術で癌は取り切れず、抗がん剤を試したが、副作用が辛くて断念し退院。頭髪が抜け、両手足のしびれが残り、主治医から「これ以上の治療はないから、また何かあったら来て下さい」と言われて終わりだった。お腹がすくが、食べ過ぎるとゲップが出て苦しいので、あまり食べられないと気弱になって来院しました。
私にとって二人目のターミナルケアーはこうして始まりました。
週一回のペースで治療を開始しました。
1診目:ゲップと手足のしびれに対して治療。
2診目:按腹と胃の治療を追加。
4診目:手のしびれは減ってきた。ゲップが多くて食べられないと訴える。「精神緊張による空気嚥下症だろうから、ゲップは気にせず食べなさい。胃腸はちゃんと動いているから大丈夫」と説得。
5診目:頭皮の刺激を追加。頭髪が戻ってきている。
6診目:食欲が回復し、髪も生えてきた。
7診目:便秘に按腹を追加。
8診目:前回の治療で通じがついた。
10診目:「2日便秘したのでもうダメかと思う」と言う。
11診目:便秘は癌で腸が塞がった為に起こると思い込んでいるのが判り、「下剤で通じがつくのなら、癌は大腸を塞いではいない証拠だ」と話すと、安心する。
12診目:「ムカムカして気持ち悪い」舌の乾燥が目立ち水分も制限しているようだ。背中を押すとゲップが出て胸苦しさが軽減した。お腹はちゃんと動いてる。好きなものをどんどん食べなさい。脱水気味だから水分も取りなさい」と指示を出す。
13診目:「調子悪くない」と。元気だ。
14診目:「通じいまいち、首が少しこる。もう少し食べたいけどちょっと怖い」と。頚肩背部の刺鍼追加。
15診目:「調子良い」と。やたら明るい。娘さんが付き添って来院されたので、「娘さんとしては、お母さんに何かをしてあげたい気持ちが強いだろうと思うのですが、どうか力を抜いて、いつも通りのやりとりを心がけ下さい。そうすることで、お母さんも、いつも通りの日常に戻れて疲れません。何が幸せってか突き詰めると、特別な日の連続ではなくて、安泰に過ごせる日常だと思うんです。娘さんが何か特別なことをしてあげたいと思うほど、お母さんはそれに答えてあげたいと思うもので、結局お互いの気遣いがお互いを疲れさせます。だから、いつも通りのやりとりを続けることが、一番安泰で幸せを感じられるものです。楽に行きましょう」と話した。患者さんも自分の思いを代弁してもらえた様子で大きくうなずいていた。以来家族間での緊張が和らいだようで、患者さんの落ち着きが増しました。
16診目:「落ち着いてきている」と言う。見た目元気。腫瘤はへその高さまで肥大化。
18診目:「しあわせだ。排便のすっきり感がないので漢方薬を出してもらおうかと思っている」と言う。お腹の箱灸を追加。
19診目:「一向に通じがスッキリしないのに通じに関係ない十全大補湯を処方された」と不満を漏らす。そこで、「正直お医者さんの目から見ると、今のお通じのコントロールはうまく行ってるんですよ。だからあんまり薬をいじりたくはないはずなんです。十全大補湯はからだの力を底支えして体調を良くする薬なので、直接お通じには関係しないけど、いろんな事を考慮して出してくれたうまい処方なんですよ。これは飲んでおいた方が得ですよ」とフォローしておいた。
20診目:吹雪の中でも毎週通い続けているので、「鍼はそんなに効くのかとタクシーの運転手に聞かれたので、私はものすごく助けられているのよと答えた」と話してくれた。ここまでで4ヶ月が過ぎた。
その後の4ヶ月間は、下剤が効きすぎると、外出しづらくなっていることと、頚や腰背部の痛みが気になること。お腹が徐々にせり出してきたことぐらいで、心身共に安定している。治療中の私との雑談は、病気のことを忘れていられるひとときとなっていました。
この時点で病院の産婦人科からは抗不安薬、十全大補湯、睡眠導入剤。胃腸科からは消化性潰瘍用剤、消化酵素複合剤、便秘薬、降圧剤、カルシウム剤、抗不整脈薬、降圧剤、ビタミンD補給剤が処方され、痛み止めや、抗がん剤などは処方されていません。
治療開始から9カ月、41診のあと膀胱炎で発熱し1ヶ月入院し、退院後は病院から訪問看護師を派遣して自宅でケアーする方針になり治療を終了としました。